ポーランド人のガイドさんが説明する。
この先に、ルドルフ・ヘスが住んでいた住宅があります。近いうち公開されるようです。
アウシュビッツ収容所の所長を務め、ホロコーストに当たった。 |
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戦後に戦犯としてこの絞首台で刑に処された。
45歳だった。 |
| これも負の遺産としての遺構なのだろう。 |
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ヘスは上官の命令に従っていた。
純粋に仕事をしていただけだったのか・・・ |
直訳です。
「1947年4月16日、ポーランド最高裁判所の判決により、この収容所の創設者であり初代所長であったルドルフ・ヘス親衛隊大佐がここで絞首刑に処されました。」 |
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絞首刑場の隣には「かつてのガス室と火葬場」という看板が・・・ |
火葬場の煙突。
これは戦後再構築されたものだという。 |
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絞首台全景。
ホロコースト最大の絶滅地としてここの責任者であったヘスは管理責任を問われ、所長を退任し処刑に繋がった。 |