| 中を案内してくださいるガイドさん。 |
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「かつてのガス室と火葬場」 |
解説の直訳です。
「1940年8月から1943年7月まで、この建物は死亡または殺害された囚人の火葬室として使用されていました。1941年9月末には、最初のガス室もここに設置され、1944年12月までSS(ナチス親衛隊)によって使用されました。」 |
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ガス室に入って行く一行。 |
| とても1人では入れません。 |
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完全に出られないようにするための金具か。 |
| ここでガスによる殺人が行われた。 |
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よく言われる「苦しみのあまり爪を立てた」跡というのは見つからなかったし、探しもしなかった。 |
1人だけ後戻りして、誰もいないガス室の全景を撮る。入る時はとても怖かったのに。
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火葬場の様子。 |
どのように使うのかは想像付かない。
もっとも、日本の弔事の際の火葬場がどのように稼働するかも知らないけれど。 |
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こうして見ると結構広い。
レールが敷かれているが何のためだろう。 |
| 壁の様子。 |
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出口まで来た。 |
改めて振り向いて中の様子を見る。
直訳です。
「あなたはSSが何千人もの人々を殺害した建物の中にいます。彼らの苦しみを尊重し、彼らの記憶を恥じ、敬意を表してください。」 |
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何も喜んでホロコーストの仕事をした者ばかりではないだろう。
負の遺産としての役目として年間200の万人も訪れるこの博物館の意義を尊重する。 |
| 出口方面から見たガス室。 |
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