国家予算からの共同出資で文化・国家遺産省からの投資支出補助金対象
本プロジェクトには、建物の再建、保存修復、考古学調査、そして監督機関との協力による展示の設計、搬入、設置、そして公開が含まれます。
共同出資額:101,074,600ズウォティ
契約締結日:2016年3月
総額:101,919,921ズウォティ
うん、約44億円だね。 |
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上写真のネットとネットの間から覗くが角度が悪いなぁ。何かできるのかな。 |
看板に見入るのりたん。
こうなると最後まで見る人である。 |
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直訳です。
「この棟では、1943年4月から1944年5月にかけて、ドイツ人婦人科医カール・クラウベルク教授が不妊手術の犯罪実験を行いました。棟の2階にある2つの部屋には、主にルイスを中心とする数百人の女性囚人が継続的に収容され、実験に使用されました。実験中に死亡した女性もいれば、検死のために処刑された女性もいました。生き残った囚人も、恒久的な障害を負いました。 他のSS医師たちも、この棟の女性たちに対して実験を行いました。」 |
| どの棟にもこんなおしゃれなネオンがある。 |
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向かいの21号棟だ。
今のところ何も催しものはないようだ。 |
21号棟の壁にあった掲示だ。
右側は「アウシュビッツをはじめとするナチス収容所で殉教した数千人の教師、教授、教育活動家を追悼する。ポーランド教員組合により 1950年9月1日制定。」 |
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世界各国のジャーナリスト、報道関係者、民主主義活動家が、ファシズムとの戦いの中でこの収容所で犠牲になった人々の記憶に敬意を表している |
| この第11号棟を最も重要な収容所としての銘文と中の案内の2枚に訳て説明している。 |
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直訳です。 「死のブロックとして知られる第11ブロックは、いくつかの機能を果たしていましたが、最も重要なのは収容所の中央拘置所としての役割でした。SSは、アウシュヴィッツ強制収容所のあらゆる場所から、地下抵抗活動への関与、脱走未遂、あるいは外部との連絡を保っていると収容所ゲシュタポに疑われた囚人をここに収容しました。収容所外から来たポーランド人も、囚人幇助などの罪で逮捕され、ここに収容されました。SSはまた、収容所の規則違反の容疑で告発された囚人を、地下の懲罰房(バンカー)に収容しました。1941年には、餓死刑判決を受けた者もここに収容されました。」 |
部屋割りと、この11号棟でゆきたんくが一番重要なテーマとしていたコルヘ神父の記述を盛られたのが嬉しかった。
「1941年、マクシミリアン・コルベ神父が他の囚人とともに収容された独房。このポーランド人フランシスコ会の司祭は、他の囚人を救うために自ら餓死を志願しました。」 |
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