前ページのバルバカンから後正面を向いた時の景色だ。
早速尖塔が見えるが、これは「セントジャック修道院」だ。 |
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少し進んでふり返る。
先ほどのバルバカンが貫禄を示している。
左側に見えるツートンカラーの建物は、史跡「18世紀のロココ様式の長屋」だ。 |
先ほどの「セントジャック修道院」近くまで来た。意外に距離があるものだ。
この左手にある建物もバケーションレンタルだ。 |
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上写真の左側にある道ドウガ通りをを正面から見る。建物前がパーキングになっている。
史跡、観光施設、国立資料室と時間があれば、一日過ごせるような施設がある。 |
| ポーランド風餃子「ピエロギ」の店。 |
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「セントジャック修道院」の正面ね。
初期バロック様式で建てられている。
ところて、ゆきたんくはよく分かっていない。 |
これはキュリー夫人の実家である。
二階のベランダ部分ね。 |
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直訳です。
「1898年11月7日、ヴティア・ドアブはスヴィアトに到着した。マリア・スクウォドフスカ・ツヴリエ
1898年5月。放射性元素を発見放射性ポロニウム。」 |
直訳です。
「化学協会ファム・ドウスカ
ワルシャワのオドフスカ・キュリー博物館。」 |
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直訳です。
「1944年8月26日のワルシャワ蜂起中のこの家には、KPPPPの活動家、ワルシャワ職員、アーミル・ルドウェル、ボレスワ・コワルスキー、コヴシク、リザルデ、スタニスワフ・ノヴィツキ、スタニスワ・クルラン、エドワード・ラノ、アスタジマル、ヒトラーの占領との戦いに倒れた。」 |
直訳です。
「マリア・スクウォドフスカ・キュリー博物館とミュージアムショップへご招待いたします。
火曜日~金曜日 12時~18時
土曜日~日曜日11時~18時」 |
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ここはフレタ通り。
少し歩くだけで歴史的な建造物に会うことができる。 |
| 修道院の脇の通り。 |
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修道院横から眺める聖霊教会。 |
バルバカン方面に戻る。
右側に史跡「18世紀のロココ様式の長屋」が見える。ここはモストバ通り。 |
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