散策

 あらら、車の駐車に無頓着なのかな。
 歴史的な建物、「チェチョトカの長屋の看板だ。
 ヤギェウォ大学のコレギウム・マイウスというこの大学の最古の建物だ。です。
 建てられたのは14世紀で、クラクフの旧市街はユネスコ世界遺産に登録されており、この建物もその一部です。
 紋章に王冠と蝶があってお洒落なマンホールだ。
 上写真の「コレギウム・マイウス」の建物の別写真だ。とても綺麗な煉瓦造りの建物である。これが500年以上ももっているなんて凄いと思う。
 ヤギェウォ大学の中庭にある、ガーゴイルの噴水だ。
 これは何だろう。
 この石畳とコレギウム・マイオスで、
 ラコラウス・コペルニクスの像だ。
肖像画などでは、半分くらいイケオジなのだが、この銅像のコペルニクスはすごいイケメンである。
 コレギウム・マイオスという博物館の前に立っている。
 このファザードの建物の中に「ポーランド口述歴史協会」がある。
 博物館のファザードには、「聖人の像と紋章」などのレリーフがある。
 先ほどのコペルニクスの像を賞正面から見る。
イケメンだよなぁ。
 「天球儀」を操作している姿だそうだ。
 博物館の右隣には「ヤギェウォ大学」がある。
ポーランド国内で、最も古い歴史を持つ想像大学だ。
そしてコペムルニクスの母校でもある。
 ふり返ると、葉を落とした樹木がある。
夏だと、豊かな緑でこの光景とは全く違うのだろうな。
 「ヤギェウォ大学」正面入り口の上部だ。
 ポーランド王カジミェシュ3世の紋章だ。
ポーランドの白鷲とクヤヴィ公国の紋章であるライオンを組み合わせたものだ。
 直訳です。
 左側には「1918年、ポエッテルが独立を回復したその日、この場所に自由の木!」
 右側には「ここに土が置かれ、クラクフへと運ばれた。ザクセンハウゼン、バッハウ、カティン、ハリコフ、リヴィウ、パルムリ、ポナリ、クロパティ、マイダネク、アウシュヴィッツ、ポズナン、ラーフェンスブリュック、マハトマ、ウトハウゼン、スタニスワフ、ワルシャワ、ノヴィ、ヴィスニチ、クラクフといった共和国の大学、教授、学生、学術調査隊、そして大学の土が。とある。
 この石碑は、かつてクラクフの防壁の一部であった「カレットニクフ塔」の場所を示している。
 この場所には、クラクフの防衛壁の一部として「板金職人の塔(Tinsmiths' Tower)」があった。
 聖アンナ教会沿いのスタレミアスト通り。
 クラクフの城壁内のこの場所に、ルーシ・ズニカルジの塔が建てられていた。
 聖アンナ教会南側のシフィエンティ通り。
この右側の建物にコレギウム・マイウス・フタの中庭があり、エストライヒャーレーンという名前の観光名所になっている。
 クラクフの防衛壁内のこの場所にナイフタワーがあった。
 ジェフスカ通り。左にカフェ「ナキエルニー」、右にポーランド料理店やピザ店が並ぶ。
 三角形に組んだ木枠で、樹木を保護している。
 ポーランドの芸術家「マリア・ヤレマのオマージュ-「クラクフ・ヤレマ」
 クリストフ・M・ベドナルスキによって制作された。
 ポーランドの古都クラクフにある「クラクフ芸術家協会」の建物だ。クラクフ芸術愛好家協会の本拠地として、19世紀末に建設された。
 「アンティーク・アパートメント・オールドタウン」飲食店が多く入っている。
 シフィエンティゴ・トマシャ通りだ。
奥に見える朱色の建物は道に斜めに位置して飛び出している。カトリックの「洗礼者聖ヨハネと福音伝道者聖ヨハネ教会」だ。
 ポーランドで人気のあるB級グルメ、メルシン・タントゥーニというトルコ料理店だ。タントゥーニは、細かく刻んだ牛肉や鶏肉をスパイスと一緒に大きな鉄板で焼き、野菜と一緒に薄いパン(ラワッシュ)で巻いた料理で、トルコではケバブと並んで人気のあるB級グルメだ。
 グランド・ホテル・クラクフだ。
旧市街中心部に位置している。
 ポーランドとフランスの国旗が掲げられている。
 グランドホテルの交差点前から、北側のスウフコフスカ通りをみる。季節的な飾りが特別館を醸しだしている。
 グランドホテルの交差点を左折し北に向かう。
 最初の交差点にあったのが、印象的な造りの「聖マルコ教会」だ。
 右側の建物と接続してはいるが、そちらの方は教会関係の施設ではなく、図書館、ベーカリー、ポーランド料理店などの商業施設になっている。
 この交差点を右折して東へ向かう。
通りの名前はシフィエンティゴ・マルカ通りだ。
 ワルシャワに次ぐ、ポーランド第二の都市クラクフで、「観光客向けツアー」の馬車に乗ってみたかったなぁ。まぁ、これは宿題だねぇ。
 上は写真の馬車の通った交差点を左折し北へ迎う。
 どん詰まりのようだが、そこには「イエス変容教会」がある。
 白い綺麗なファザードが見える。
 道の左手を見ると、漢字の「東」が目に入った。
「茶葉販売店」だ。
 でも何で「東」なのだろう。調べたが分からなかった。ここの製品の復路には大きく東と刻印されているそうだ。
 「キリストの変容」と記されている。
 教会前で右折するとこのアーチが見えてくる。
「スヤルスカ通り」という。
 このようなアーチは「イギリスのマルボロー」、「ドイツのトリアー」で見たことがある。渡り廊下のようになっているのだね。
 アーチをくぐり抜けると「MNKアーセナル」という博物館の建物に出る。クラクフの国立美術館のようだ。
 建物の1階部分だ。
この前を「チャルトリスキ王子の小道」というのだろうか。
 「マーキュリー・ベルテル・トルヴァルセン」という名前の記念碑だそうだ。ベルテル・トルヴァルセンというのは、デンマークの彫刻家の名前である。
 この建物と、イエス変容教会と博物館とで囲んだ中庭がこの奥にある。
 直訳です。
 さきほどの像の台に刻まれていた。
 「マーキュリー セムテル・トルヴァルセン
 1770-1844 ブロンズ像の複製
 象の右側に広がるのは、「フロリアン門の絵画ギャラリー」というアートギャラリーだ。
 これが好き。
町の模型。
 ランドマークがはっきりとするね。
 すぐに「織物会館」だと分かる。
 模型の前から南へ向かう。
通りの名前は「フロリアンスカ通り」。
 これをまっすぐ行くと「中央市場広場」だ。
 これはバルバカンだ。
城壁都市を守るめために設けられた馬蹄形の要塞のことだ。
 日本の出城に当たるものだ。
 周囲には彫りがある。
 バルバカンのすぐそばに彫像があった。
 「ヤン・マティコ」というポーランドの画家である。
 ポーランド史に遺る政治・軍事の出来事を主題にしたという。
 さて道路を渡って広い場所へ行く。
 重厚な建物があるが、中は一般的な店舗である。
 この騎士像の所で解散し、自由時間となる。
集合時刻を守らねばね。
 ここが集合場所ね。

   
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