フシャヌフという町に入った。
ここまで40分ほどである。
方向的にはオシフィエンチム(アウシュビッツ)まで南西に直線である。 |
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フシャヌフと次の町リビョンシュの中間くらいだ。
さすがに家屋が少なくなる。 |
| リビョンシュへ入った。さっそくインテリア用品と化粧品の店舗が出迎えてくれる。はい、ゆきたんくとは距離のある出来事であります。 |
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ラウンドアバウトは広い。
一気に景色が変わる。 |
さて「オシフィエンチム」の行き先案内だ。
これをドイツ語で「アウシュビッツ」というのは帰国後に知った。 |
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「リビアンの主の変容教会」というカトリックの教会だ。
カメラの準備ができていなくて、ふり返るように撮ったのでこの構図だ。 |
リョビョンシュの町の出口に近い所にあった墓地だ。
住所は「オシフィエンチムスカ」という所なので、アウシュビッッは近いのだろう。 |
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墓地のあった道から2つ目のラウンドアバウトを周っている。2つのラウンドアバウトの距離が160mしかなかったことを予測していなかったので、カメラを用意していなかったのだ。 |
| さて、このラウンドアバウトを出ると、20分ほどで到着する。 |
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「ボブレックの聖三位一体教会」という教会のそばを通る。 あと13分だ。 |
ポーランド人のガイドさんの説明があった。
写真中央の2本の煙突のあった辺りにアウシュビッツⅢ「モノビツェ強制収容所」があったという。現在は遺構は残っておらず住宅地になっているという。 |
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オシフィエンチム駅が見えている。 |
| 「Uni-Okna S.C.」という窓製造販売業の建物が見える。2025年8月現在、この建物はない。 |
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さて、アウシュビッッはどんどん近づいて来るのだが心の準備ができていないというか・・・、 |
あら、収容所にとてもよく似ている建物だ。
(これは近所の建物で収容所とは無関係だ。この時は収容所だと思ってしまった。) |
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いよいよ遺構の入り口の門が見えてきた。 |
入り口では警備員が守りを固めている。
場保す内では、パスポートの用意をするよう指示があった。セキュリティが厳重なのだという。 |
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