マリア教会

 随分と歩く。
先ほどのラウンドアバウトの方へ向かって歩く。
 この写真は介護付き住宅だ。
 名前は「ナザレ聖家族修道女会が運営する社会福祉ホーム」だそうだ。
 ラウンドアバウトの方へ戻ってきた。
見た風景なので安心するが、足が痛い。
 ラウンドアバウトの絵系がはっきりと分かる①で撮影した。しかし、この交差点文化というか。良くできている。日本では土地が狭いから実用性がなかったのだろうな。
 交差点を越えて北西へ進む。
リヴィウという所を通過中だ。
 チハという交差点。
目標物はまだか・・・
 これが目的でございました。
この教会は一般的には「マリア教会」と呼ばれるもの。
 正式名称は「マードレ デッラ プレゼンツィオーネ デッラ ベアタ ヴェルジネ マリア教会」だ。
 教会入カロル・ユゼフ・ヴイティワり口南側に立っておられたのは、第264代ローマ教皇「ヨハネ・パウロ二世」の像である。
 そう、教皇様はボーランド出身だったのである。
 本名はカロル・ユゼフ・ヴイティワさんだ。
 教会前から西の空を見る。
これは明日も晴れだな。
 教皇様とゆきたんく
 教皇様とのりたん。
 教会を正面から。
飛び立つ鳥たちは伸び伸びと。
 教会入口周囲を見る。
教皇様の肖像がある。
 この町出身の名士ではないか。
 直訳です。 「この地の名高い息子にとって、すべてはここから始まりました。聖ヨハネ・パウロ2世西暦120年6月20日、ヴァドヴィツェ神殿の聖地聖体教会に所属西暦178年、教皇に選出。2011年5月1日、ローマにて聖ベネティコ16世によって選出。2014年4月22日、ローマにて聖フランシスコによって聖化。聖ヨハネ・パウロ2世は私たちの後ろにいます。
 教会の中はどちらかというと、余計な物がない最小限度の装飾がある教会という感じでした。
 ゴシック様式の内陣は金メッキのバロック様式の主祭壇がありました。
 ここには「磔刑の礼拝堂」があるというが、どこだろうか?
 直訳です。 「1920ワドヴィツェこの寺院、この第12の教区共同体から、どれほど多くの善と恵みを受けたか、すべての恵みを与えてくださるお方だけがご存じです。今日、トロキの唯一の神にすべての恵みを与えてくださるお方が、聖ヨハネ・パウロ2世生誕100周年を記念し、この教会の唯一の恵みに栄光を捧げてくださいます。「テ・デウム・ラウダムス
 ポランドの紋章学で一般的なシンボルだそうだ。
単頭の鷲が描かれている。
 直訳です。
 「祖国を称えよ。アドヴィツェにて、祖国の息子たち、ワドヴィツェ、ポドベスキジャ、ポドハレ、トブルク、モンテ・カッシーノで祖国の信仰のために戦ったSBSK13DSKの元兵士たち アドヴィツェにて
2019年10月16日」
 これが教皇様が洗礼を受けられた洗礼盤だろうか。この時はゆきたんく1人だったもので聞くことができなかった。いや、仮に誰がいても、、、
つたない英語が通じるのか(ここはポーランドだ。)
 写真の中央には説教壇が写っている。
 バロック様式の祭壇。
最後の方はバスが出る時刻とかで、急いで写真を撮ったので適当な写りになってしまいました。

   
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