次は川東掩体壕だ。
先ほどの遺構もポツンと畑の中に寂しく遺っていたが、ここもそのようだ。 |
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掩体壕が見つからない。 |
下調べをした通りの場所へ行ったら、まったく違っていたので、調べなおして、やっと着いた。
ちゃんと駐車場があったのでありがたい。 |
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掩体壕と解説板。 |
解説板である。
写真をクリックして大きいのを見ていただきたい。 |
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随分と縁部分が朽ちているが、戦後75年だものなぁ。笠之原台地にあった、約200基の掩体壕で、現存している1基だ。
連合軍の全滅されたということを思い出す。 |
| もう、この1基も脆くなっているのだろう。 |
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亀裂部分に植物が生えている。
そこは崩れやすいだろう。 |
| 浸水し、脆くなったコンクリ部分が崩れている。 |
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爆弾が当たったのだろうか。
大きな穴が開いている。 |
分厚いコンクリートがこんなになる。
3月18日の爆撃は相当なものだったろう。 |
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この部分も砂利が見えている。 |
| 掩体壕の内側部分の危うさが伝わってくる。 |
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頑丈という表現は使えない。 |
| 尾部のコンクリートはまだしっかりとしていてる感じがする。 |
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尾部正面だ。
亀裂が入っている。 |
こちらは崩れているのか。
掩体壕の一部と言われている岩状のものがある。 |
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これだ。 |
| 写真をクリックして大きいのを見ていただきたい。 |
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銘板である。 |
| これは取り壊されてしまった掩体壕なのだな。 |
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いつまで遺ってくれるのだろうか。 |