灰に埋もれた

 桜島と言えば、噴煙を吹いていて火山灰が降る印象がある。その場所を探して行ってみる。
 途中で気持ちに引っかかったものは取材する。
 いつものことだ。

 写真は桜島横山町にある「方崎(穂崎)の庚申塔」て゜。鹿児島市の有形見な続文化財に指定されている。江戸時代のものだ。
 さて、鹿児島湾を左手に見て、ぐんぐん進む。
 気になるパセリが見えてきた。
 片側から伸びて、道路の上を覆っている。
 対岸は小高い山が続く。
 桜島支所の掲示が見えた。
右側が高くなっているが、ここに桜島中学校がある。
 ありゃ何かある。
山爺氏と調べることにした。
 「古里観光ホテル」跡地(廃墟)のようだ。
私有地なので、中の方は遠慮して置く。
 かつて白装束で混浴ができた、龍神温泉跡のようだ。
 古里観光ホテルの露店部目の入り口やテラスへ続いていた部分だという。
 ホテルのメイン車両出入口だそうだ。
 テラス部分。
 ホテルのオブジェだった。
本物の船のスクリュー。
 スクリューの他には、舵がある。
 鯱の瓦。
 「古里ホテル」のロゴ。
「ふるさと」と書かれているという。
 古里ホテルが現役だったこみろに建立された。
温泉客の安全・健康を気概する神社。
 鹿児島市教育委員会が頑張っているね。
 神社の門柱である。
 地上2.5mの高さの門柱が、灰に埋まっている。
1914(大正3年)1月10(日)の噴火による噴出した火山灰、軽石、溶岩で埋没した。
 この門柱の頭が見えている周辺は、全て2.5mの噴出物で埋まったということだろう。
 ここの数枚は「写真をクリックして大きいのを見ていただきたい。」
 桜島の誕生物語。
 「黒神防災新聞」
黒神中学校の成都かい作成である。
 ジオ体験の勧め。
 待避壕。
 ナンバーがふってある。
 熊本県の阿曽山のところにもシェルターがあったことを思いです。
 等高線型のハザードマップ。
 黒神中の学校紹介。、
 新聞のスクラップ。
 避難について。
 待避壕から道路の向かいを見る。
 このようなマイルストーンがあったのか。
 鳥居の説明である。
もう、見ただけで説得力十分だが・・・
 と思ったら、先の物とは違うのがあるらしい。
 ありゃあ、これも強烈だなぁ。
山爺氏と鳥居を比べてくれ。
 こちらが、黒神埋没鳥居だ。
 神社の境内と行っていいのかな…
 大正大噴火の記念石碑だそうだ。
 下2枚の写真は、埋没鳥居の手前右側にある小屋の中である。写真をクリックして大きいのを見ていただきたい。
 鳥居側から見た、待避壕である。
 ここはバス停にもなっているのね。

よく見るとバスには火山灰がしっかりとついていた。
 垂水市にやってきた。
桜島から鹿児島県の東側に移ったのだ。

   
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